同志社大学商学部 高橋広行 研究室

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『意味の世界:現代言語学から視る』池上嘉彦著

 

なぜ言語学者でもない私がこの本を読もうと思ったかというと,カテゴリーが意味のまとまりであるという点から,「意味」ってなんだろう?という興味本位からだった。

NHKブックスのため,平易な文章と豊富な事例で通勤途中でも読みやすい内容だった。印象に残った点は以下。

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・「アオ」という語から連想される普通の色合いと実際に指されているものの色との間にはズレがある(p.16)。

例)信号の青→実際には緑色

・話し手は,言葉によって指されているものが眼の前になくても,言葉を操ることによって十分意図する伝達を果たしうるということがあるために,我々には言葉によって意味されている通りのものが存在しているかどうか,いちいち必ずしも確かめてみないという習慣が身に付いている(p.26)

→嘘が可能になるのは,語の「意味」と「指示物」とは別の次元に属するという意味論での基本的な原則があるため(p.29)

→同じ対象であっても言葉はそのもの違った面に焦点を当てるという形で示すことができる(p.45)

・言語では,意味を担う具体的な単位はそれ自体意味を持たない単位から構成されているのが原則。

例)えんぴつ→「え」「ん」「ぴ」「つ」それぞれに意味はないが,えんぴつというひとつの語彙は社会的に任意の意味を与えられる,という点。

・連想というのは,あることと他のことの間に何らかの関連性があると感じることである。心理学では,この連想のもととなる関連性を「類似性(similarity)」と「近接性(contiguity)」に分ける。

類似性は2つの物事が似ているということで,これは形状,色彩,材質,機能,組成などさまざまの面に関して認められる。

近接性は2つの物事の間に特別に近い関係があるということで,その関係は空間的なものばかりではなく,時間的,あるいは因果関係的なものまで,様々な場合がある(p.133)。

例) 白→黒 (類似性),白→雪,雲,塩,米 (近接性)

・(高い順に)視覚←聴覚←嗅覚←味覚←熱感覚←触覚 といったように,より低い感覚からより高等な感覚への適用は普通であるが,その逆は少ない(p.140-141)。

例)渋い色,暖かい色,甘い声, 例外:澄んだ声

・意味の一般化(上位概念)と特殊化(下位概念)の関係

意味が広くなる場合を一般化,狭くなる場合を特殊化とすれば,これらは上下関係にある(分類学的カテゴリーのような視点)。一般に語がある特定のグループから出て広く用いられるようになると,意味の一般化が起こるし,逆に,その使用がある特定のグループに限られるようになると,意味の特殊化が起こる(p.152)。ただし 言語は,一般化と特殊化だけではなく,転移(transfer)といって全く別の系列の概念へと移行することもある(p.152)。

・一般に,ある言語社会でそこに属する人たちが関心を持つ対象と関心を持たない対象があった場合,前者に対しては多くの名称ができて細かい区別がなされるが,後者はおおまかな名称ですまされるという傾向がある(p.214)。そのため,科学的分類(scientific classification)と民族的分類(folk classification)は一致するとは限らない。

例)クジラはほ乳類だが,通俗的には魚と思われている,など。

・言語が人間にとって外界を見る枠として重要な役割を果たす(p.220)

とはいえ,言語が文化,思考に対して及ぼす影響がどの程度のものであるかということになると,明確なことはまだ何も言えないというのが現状である(p.224)。

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古典(1978年初版)の本である点に留意(近年の研究で大きく進歩した点,議論の観点が変わっている可能性も大いにある)。